2009年1月27日火曜日

典雅なる都の西【洛西・三尾】

典雅なる都の西【洛西・三尾】

御室の桜で、凛とした妙心寺の境内を抜ける。古仏を拝し、紅葉の三尾を訪ねる。

写         真 見                  所
仁和寺

「二王門」、「中門」の延長線上の最も奥、やや高い場所に「金堂」(左の写真)が建てられている。

 「金堂」は慶長18年(1613年)に建てられた御所の紫宸殿を移築し、寛永の再建時に屋根を葺く材料を檜皮から寺院風の瓦にするなどの改修を加え、完成したものであるといわれている

法金剛院

法金剛院の「表門」(左の写真)は車の通行の多い通りに面して建てられている。
 「表門」の造りは非常に簡素である。


当本山の公式ホームページ
浴 室 (重要文化財)

雲 龍 図(狩野探幽筆 江戸時代 重要文化財 法堂)
退蔵院

退蔵院は、今から約600年前、室町中期の応永11年(1404)越前の豪族・波多野出雲守重通が妙心寺第三世無因宗因(ういんそういん)禅師に帰依し、無因禅師を開山として千本通松原に創建したのが始まりで、15世紀には妙心寺山内へ移り、応仁の乱後に現在地に移転している。本堂(方丈)中央に本尊の観世音菩薩と開山の無因禅師像が安置されている。また、室内は五十一面の襖絵、杉戸絵十一面があり、いずれも狩野了慶の筆である(このうち十面は模写復元されたもの)。なお、本堂(方丈・玄関)は慶弔7年(1602)頃の建築で国に重要文化財に指定されていて、昭和47年(1972)から4年をかけた解体修理が行われた。
東林寺

 東林寺には10本の沙羅の木があるらしいが、高さが約15mあり樹齢約300年といわれている古木がひときわ目立っている(左の写真)。

 沙羅は「ナツツバキ」の別称であり、梅雨時に一番下の写真のような白い椿のような花を咲かせる。花は朝咲くと夕方には散るというというところから「一日花」とも言われるが、
「今日なすべきことを明日に延ばさず、確かにしていくことがよき一日を生きる道である」という釈迦の教えと、「一日だけの生命を精一杯咲き尽くす」という沙羅の花とは相通ずるものがある。

広隆寺

広隆寺
(こうりゅうじ)
 国宝第一号の弥勒菩薩がおわす京都最古の寺
国宝第一号に指定された像高2尺8寸の宝冠弥勒木造であるとされている。しかし、上に示した『日本書紀』の記事は、蜂岡寺建立の契機を記したもので、推古11年に蜂岡寺が建立されたとは言っていない。秦河勝が実際に建立したのはもう少し後であろう。しかし、太子没後1年の推古天皇31年(623)、新羅から遣使があって、生前何かと縁の深かった太子供養のために仏像一躯が贈られてきた。『日本書紀』は、この仏像を蜂岡寺に安置したと伝えているから、その頃までには蜂岡寺は建立されていたと見るべきである。なお、このとき安置した仏像は、”泣き弥勒”の名で知られているもう一体の弥勒菩薩半跏思惟像であるとされている
車折神社

「本殿」
(ほんでん)はご祭神である清原頼業公をお祀りし、当社におい
最も重要な建物であり、その前に建てられている「拝殿」(はいでん)はご祈祷や神事を執り行う建物です。
拝殿前には祈念神石で願い事が成就した方が納められたお礼の言葉を記した石(ご自身で拾われた石)が積まれています。
また、拝殿の
天井画(賽銭箱の上部にあります)も見所の1つです。
本殿の裏側には境内社である「八百萬神社」があります。
大鳥居 社号柱(旧第二鳥居跡) 河津桜 表参道  
芸能神社 
鹿王院

足利三代将軍 義満が建立した禅寺。
 鹿王院は、三代将軍足利義満が延命を願いこの地に一宇を建てたのが始まり。康暦2年・天授6年(1380)、義満24歳のときであった。開山は夢窓疎石の後継者といわれる普明国師(ふみょうこくし)。当初は、興聖寺(こうしょうじ)と称していたが、至徳元年(1384)に宝幢禅寺(ほうとうぜんじ)と改めている。後、開山堂を建てたとき、後方の山に野鹿がよく現れることから鹿王院と号している。その後、応仁の乱などで衰退してしまい、残った開山堂(鹿王院)を再興して寺号にした
神護寺

神護寺は洛西の紅葉の名所、高雄に位置する。

寺宝紹介

薬師如来立像五大虚空蔵菩薩像灌頂暦名

二荒山碑文紺紙金字一切経文覚四十五箇條起請文

源頼朝書状(1)源頼朝書状(2)源頼朝書状(3)

平政子書状

西明寺

国宝の三重塔

834年に三修上人が仁明天皇の勅願により創設。山内には17の諸堂、300の僧坊があった大寺院であったが、織田信長の比叡山焼打ち時に焼かれる。本堂、三重塔、二天門は焼失を免れた。湖東三山の一つ。
本堂(国宝)
本尊の薬師如来立像は秘仏なので厨子の中。
頭に干支の動物を一つづつ載せた十二神将が面白い。たくさんの仏像があるがお寺の人が、一つ一つ説明してくれる。
親鸞聖人座像。流罪になったときの像ということなので、そういう風に見ると無念の表情に見える。
三千仏画像も公開されていた(3幅で三千なので見たのは千ということになる)
高山寺

「石水院」
国宝に指定されている。
現存の「石水院」(左の写真)は、かつて金堂の東側にあった建物を明治21年(1888年)にこの場所に移したものといわれている
左のコピーは、鎌倉時代初期、13世紀に描かれた「明恵上人樹上坐禅像」の一部分であるが、一人静かに山中の樹上で坐禅し釈迦に随順する明恵上人の姿、心情が見事に描かれており、心打つものがある。
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